5月21日金曜日: 退院
今日は土曜日なのか、朝は大変静かだ。窓の外の空は曇っており、廊下に出ている他の患者さんの口からは、外は寒いよという声が聞えた。いよいよ今日は退院だ。
7時になると最後の点滴が始められた。いつもなら朝食後に点滴するのだが、今日は退院のため早めに行ってくれているようだ。30分余りで点滴も終わった。今後抗生剤は錠剤で投与するため、今後こそ本当に腕の点滴針が抜き取られた。
朝食を終えると、婦長さんが退院時の説明にやって来た。婦長さんにお目に掛かる機会はなかなか少ないが、私のことを憶えてくれたようだ。前回の退院時に病院の意見箱にお礼のメッセージを残していったものが、病棟のナースセンターに回覧されていたらしく、よく憶えていたそうだ。再度お礼の意を伝えて説明を聞いた。
こうなると、入院費の伝票ができる10時までは暇なので、ベッドで斜め腕立て伏せをやったり、荷物整理をして過ごした。調子に乗って先に帰宅用の服装に着替えてしまったら、予想外の回診があって傷口の消毒をするといったときに焦ってしまった。そうこうするうちに、同室の方々がリハビリや風呂に相次いで出掛けるので、先に挨拶しておいた。
10時丁度に会計窓口に向かい、精算を済ませた。伝票に記載された処置・手術料をプレートを入れた前回と比べると、保険点数で言って15万円分安くなっている。つまり、肩鎖関節プレートは自転車のフレームを1本買える値段だ。大切にしよう。
伝票を持ってナースセンタに戻って婦長さんに伝票を渡すと、全ての事務手続きが完了した。荷物を取りに行って再度ナースセンタに挨拶を済ませ、病棟を離れた。病棟を去る前に手術の日にお世話になった若い看護婦さんにもお礼を言いたかったが、残念ながら今日はお休みのようだった。その代わり、朝からなかなか見つからなかったお茶の叔母様看護婦さんが給湯室から出てきたところで、元気な声で遠くから見送ってくれた。
帰宅後昼食を済ませ、入院の荷物を一通り片付けてから布団に横になると、久し振りに帰った自宅で安心したのか昼寝を始めてしまい、目を覚ました時には夜になっていた。
5月21日金曜日: 抜釘後3日目
今朝も病棟が慌しい。火曜日と並んで今日金曜日も手術日であり、看護婦さんたちがストレッチャーを廊下に出し、出陣の準備をしている。一昨日には空きベッドの多かった隣室も、いつの間にか満室になっている。
朝方まで降り続いた雨は、朝食を終える頃にはすっかり上がり青空が広がってきた。南向きの自分の病室の窓からは遠くに富士山が見えた。雪はかなり融けており、残雪は沢だけであった。反対の南側は完全に融けているのであろうか。
廊下で西本先生に出会ったので、明日の退院の確認と手術前検査で結果の悪かった肝機能の精密検査について相談してみた。肝機能の値は手術後の採血では回復してきているので、次回の外来時に再検査して、それでも悪ければ内科に行って精密検査すればよいでしょう、という話になった。気は緩められないがやや安心した。
天候が回復したので、ようやく折り畳み椅子が日の目を見た。早速午前中に椅子と文庫本を持って屋上に上がってみた。屋上は太陽の日差しが当たり、心地良い。手元の腕時計の温度計は29.9℃を指していた。午後には間違いなく30℃を越えるだろう。汗をかき始めていたが、風に当たりながら暫く読書にふけった。
午前中の回診の時間に合わせて病室に降りた。右肩は自主リハビリのために痛みを感じる寸前まで動かしているので、傷口が開いていないか心配になっていた。まもなくやって来た川上先生に診て貰ったが、全く問題が無いことが判り安心した。
5月20日木曜日: 抜釘後2日目
前の日から続いている雨は今日も止まず。屋上で過ごせるように用意してきた折り畳み椅子は、役に立つ見通しはない。
毎週木曜日はシーツ交換の日である。朝食が終わると病棟が慌しくなった。実習中の看護学校生も正規の看護婦さん達といっしょになって働いている。もっとも自分のベッドは入院してから3日しか経っていないので、自分のベッドはシーツ交換対象外となり、辺りの作業を眺めるだけだった。
昼間時間があったので、腕立て伏せをしてみた。とは言っても本当は腕立て伏せや懸垂などの肩に負担の掛かる運動は抜糸までお預けということになっていたので、床でなくベッドの手摺りに斜めに向かうインチキ腕立て伏せであった。人には「また屁理屈を言って...」と叱られそうだが、簡単に言えば角度の分だけ負荷を軽く調整できるので、大して負担は掛けていない。まずは軽い負荷を回数こなすところから始めよう。
夕方には退院時看護計画書が届けられ、土曜日の退院が正式に通知された。土曜日は午前中に抗生剤の最後の点滴を済ませてから退院となるので、お昼頃には病院を脱出できるだろうか。
5月19日水曜日: 抜釘手術翌日
朝6:05、初屁の出を迎えた。食事への最大の関門となる事象でありながら、朝食まで残り時間が無いので、看護婦さんには直ちに伝えた。朝食には間に合ったが、まだ医師の許可が下りていないためか、ベッドから脱出することはまだ許されず、ベッド上で起きて食事をすることになった。38時間ぶりに口にする食事はお粥であったが、空腹の胃をいっぱいに満たしてくれた。
ベッド上の空間を利用して抜釘された右肩を動かしてみた。4ヶ月間自由に動かせなかったため、完全に元通りの動きができる訳ではないが、制限されていた腕を上に伸ばす運動はある程度できた。まずまずであった。
10時過ぎには若い看護師さん(♂)がやって来た。「トイレに行かなくても済む画期的なチューブ」も外され、不思議に思ったが点滴針も抜かれ、手足を拘束されるものが一切無くなり、ようやく起きて歩き回ることが許された。開放感でいっぱいになった。
11時頃、若い川上先生が回診に来て、傷口の消毒をして貰った。太田先生の後任だと思われるが、仕事はきちんとしているが、あまりに普通すぎてあまり面白くなかった(注:
仕事はしっかりしており、決して悪い方ではありません...)。
回診が終わり午前中のプログラムが一通り終わると、昨日貰ったプレートの包みを開けてみた。プレート1本とネジ4本とワイヤ1本で、レントゲンに写っていた全てのパーツが揃っていた。プレートの表には10cmサイズを示すと思われる"10"の文字が、裏面にはシリアルナンバと思われる"B03825"の印字がある。ネジには微妙に異なる2種類の長さがあるが、いずれも先端にはタッピングのための刃が付いており、六角レンチで締める構造だ。プレートとネジは色からしてチタンだと思われるが、ワイヤは容易に切断可能な鉄であろう。ネジには再生した骨の組織が付着していれば観察のしがいがあるのだが、全て綺麗にクリーニングされていた。
立川病院には看護学校の実習生がよく来る。前回は立川の看護学校から来ていたが、今回は一昨日から青梅の看護学校が、今日から八王子の看護学校から来ている。昼食が終わると、早速八王子の看護実習生(♂)が回診に来た。食後の体温、「お通じ」と「お小水」の回数を聴かれたが、マニュアルに従って一つ一つ順番に尋ねられるのは尋問のようであった。最後に「スノーボードやられるのですか?」と聴かれた。おいおい、それは隣人だろう思いながら「自転車です」と訂正した。暫くして順番が隣人に回り、私の名前を呼んでいた。そこでようやく基本的な過ちを犯していることに気付いたようだ。ちなみに体格良さそうな彼に尋ねてみると、予想通り「自分は柔道やっていました」との答え。やはり看護婦は女性が似合う職業なのだと思った。
夕方、1階まで出掛けて戻ってくると、今朝点滴針を抜いた看護師さんが待ち伏せしていた。なんでも今朝点滴針を抜いたのは誤りで、まだ数日間朝晩抗生剤を投与するので、再び点滴針を入れるという。折角自由の身になったのに再び人工物を挿されることに大変落胆した。しかも、この看護師さん、点滴針を入れるのに慣れていないようで、2回失敗した挙句に別の看護婦さんにヘルプを求める有様で、患者は大変不安になった。結局最後に入れたところは手首に近い場所で、手を動かすと針が動いてチクチクする鬱陶しい場所になってしまった。
その後いつも忙しそうな西本先生が様子見のために30秒程登場した。その時に土曜日の退院を打診され、そのまま承諾した。
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| 5/12のレントゲン写真 | 抜釘した肩鎖関節プレート(コインは比較用) |
5月18日火曜日: 抜釘手術
いよいよ待ちに待った手術の日である。釘を抜くと書いて「ばってい」と読むようだが、釘に限らずネジやプレートを抜くことの総称らしい。
全身麻酔をしても垂れ流しにならないように、朝一番に浣腸をして腸の中を空にしておく。火曜日は整形外科の手術日であるため、前回は手術をする患者が処刑を待つかの如く行列を作ったのだが、今回はなかった。朝食の時間になっても手術前絶食の身ゆえ食事は無かったが、代わりに点滴が始まった。
今回は朝9時開始なので最初の順番のようだ。前回は最後の3番目にあたり前の患者が延長していたので、手術の終わる頃には付き添い控え室の人気が無くなり家族が寂しい思いをしたのだが、今回はそんなことはなさそうだ。
昨日病棟で最初に応対してくれた綺麗な看護婦さんに先導されて手術室に向かった。時間に余裕を持って来たが手術室の受け入れ準備がまだ完了しておらず前室で待たされた。前室でというのは、手術室の中で待たせて不安になることの無いようにとの配慮であったが、こちらとしては滅多に入れない手術室の中を観察した方が面白い。その旨看護婦さんに伝えると、手術室内の最終チェックを済ませると直ちに通してくれた。
手術室に入ると早速手術台に上がり横になった。胸には心電図の電極が取り付けられ、左腕には血圧計が巻かれた。まもなく西本先生登場。まだ時間があるので辺りをきょろきょろと見回した。全部で7部屋ある手術室は手術の目的毎に固有の構造になっているそうだが、今回入った7号室は外科の手術向けだそうだ。天井からは5本のアームが伸びていただろうか。3本は照明用で、それぞれ大、中、局所用の照明装置が備わっている。別の1本にはレントゲンの装置が装備されているが、正面像しか撮れないのであまり使っていないそうだ。残りの1本には良く判らないリング状の金具に4本棒が付いていた。
時刻は9:15。まもなく麻酔が始まった。前回は点滴からの導入で一瞬にして意識を失ったが、今回はガスからだった。酸素マスクを差し出され、良い匂いがするから吸うように指示され従った。続いて麻酔ガスで深呼吸をする。息をするごとに意識が遠のき、やがて失った。
意識が回復すると、、時計の針は10時半を指していた。1時間15分麻酔が効いていたことになる。意識はまだ寝起きの状態だが、ストレッチャーに移され病室に運ばれているのが判った。最後に病室のベッドに下ろされる軽い衝撃を感じ、心電図の電極を取り付けられると、一通りの作業が完了した。
夕方には摘出されたばかりの肩鎖関節プレート一式を看護婦さんが届けてくれた。記念というかお守りとして貰えるように手術前に手配しておいたものだった。寝たきりの状態では包みを開けてみることもできず、とりあえずそのままテーブルに置いておいた。。
朝一番の手術はまたされなくて済む反面、終わってからが長い。僅か1時間の手術が終わってしまえばこちらは健常人のつもりだが、明日の朝まではベッド上で安静、つまり寝たきりの状態を強制される。一番空腹を感じる夕方から夜にかけては、前回は麻酔が効いていたが、今回は意識がはっきりとあり腹ペコの盛りであった。
しかし、例の若くて綺麗な看護婦さんが1時間おきに容態をチェックしにきてくれた。若いが一つ一つの動作が一生懸命しっかりしており、とても頼りになった。幸せであった。看護婦さんの見回りは準夜、深夜と引き継がれて、熱に苦しまされることも無く朝までゆっくり休むことができた。
5月17日月曜日: 再び入院
抜釘手術の前日にあたる今日、再び立川病院に入院した。同じ病棟での2回目の入院なので勝手は殆ど判っており、しかも完治に向けた入院なので、気持ちは軽い。
今回の入院では、前回の経験に基づき新たに2つのアイテムを用意してきた。一つ目はPHSカード。前回は通信のために公衆電話を長時間占有して他の患者さんに迷惑を掛けてしまったが、PHSカードであれば病室で自由に使えるので楽である。通信速度も非同期56kbpsに比べると同期64kbpsは1.4倍になる。もう一つのアイテムはアウトドア用の折り畳み椅子だ。暑苦しい病棟の中を避けて屋上の外気に当たりながら過ごすのには便利なものである。会社の横のホームセンターで小型1.3kgで約500円という手ごろなものが見つかったので入手しておいた。
さて、受付で入院の手続きを済ませてから前と同じ3階病棟に向かった。約3ヶ月振りに訪れる病棟はあまり変わっていなかった。看護婦さんが一部入れ替わりになっており、最初に応対してくれた看護婦さんも初対面であった。まだ若くて初々しさが残るので新しい方なのだろう。お茶の叔母様は健在であったが、太田先生がいなくなり、男性の川上先生に代わっていた。
ヘルシーな昼食を済ませ午後になると、麻酔科の先生や手術室の看護婦の方がそれぞれやってきて説明を受けた。麻酔にもいろいろと種類があるらしく、「要望は無いか?」とまで聴かれてしまったが、解らないので適当に「前回と同じにして下さい」と答えた。夕方には主治医の西本先生から手術の説明を受けたが、ここで衝撃的な事実が判明。鎖骨そのものは予定通りに抜釘可能だが、先週受けた手術前の血液検査で肝機能の値が悪くなっていたらしい。前回の手術の時には何も出なかったので、ここ3ヶ月のうちに悪くなったことになる。思い当たることは、3月4月と残業時間が160時間位行っていたことくらいしかない。先生によれば、手術は可能なレベルだが、手術で使う抗生物質が肝臓にも影響を与える可能性があるので、手術を延期して肝臓の精密検査を先に受ける選択肢も示されたが、ここは予定通り手術を受けることにした。いずれにせよ退院したら少しでも早く精密検査を受けねばならなそうだ。
夕方にはお茶の叔母様が、明日の分だと言ってレンタルの寝巻きを配布していた。翌日はお休みなのだろう。
5月12日水曜日: 術後15週間経過(抜釘手術決定)
前回通院から1ヶ月余りが経ち、久しぶりに立川病院に通院した。いつもより遅い時間帯に行く病院は、レントゲンの待合室は混んでいたが、整形外科の外来待合室は朝一番より空いていた。この待っている時間はいつもなら暇しているのだが、今日はあっと言う間に過ぎ去った。というのは、先週NHKで放送のあった「列島縦断・鉄道12000kmの旅」に刺激されて故宮脇俊三著の「最長片道切符の旅」(新潮文庫)に読みふけっていたからだ。余談であるが、この本は日本列島を北から南まで最短で行っても2400km余りある道のりを地球の直径に等しい13000kmも掛けて1枚の片道切符で旅する、まさに知力、体力、気力の三拍子を要求される列車の旅のノンフィクションであった。しかも、美味しいところ取りだけして地方を紹介して廻るテレビ番組と比べて、原作の方は臨場感や生活感があり、自分が旅をしているような気にもなり、何倍も面白い。もしかすると北海道から九州まで少しでも大回りしていった宮脇氏と、全国の峠を一つ一つ訪れて行く我々自転車ツーリストは同類なのかもしれない。
さて、本題の診察の方であるが、若干まだ継ぎ目が見えているものの骨が付いてきたので、予定通り抜釘(ばってい)手術をすることになった。骨折部を補強している肩鎖関節プレートを摘出するので、当然通常よりも弱い力で再骨折する危険が発生するが、あまり固定し続けていても関節が硬くなるので予定通り抜釘するとのことである。続いて手術の日取りの相談であるが、今週はまだ予約が空いているのでどうかと聞かれたが、「はい」と答えるといきなり明日から入院となってしまう。かといって来週後半以降は混んでいるようで、その後だと6月に入ってしまう。少々無理をお願いしたようだが、5/17(月)入院の5/18(火)手術ということに決まった。
手術が決まると次は手術前の検査となる。胸部レントゲンと血液検査と心電図を廻る訳だが、今回は外来前に肩のレントゲンと一緒に胸も撮ってきたので、廻るのは2箇所である。既に一度は経験したコースなので、目をつぶっても行ける。
検査も終わると、あとは今週中に仕事の段取りを付けて、月曜日の入院を待つのみとなった。

