3/28 雪解けの(筈だった)佐久オフ(その4: 雪降る佐久へ)

目次: [予告編][その1][その2][その3][その4][その5]

コース: 西松井田-横川-(アプトの道)-眼鏡橋-(R18旧道)-碓氷峠-軽井沢-中軽井沢-信濃追分-御代田-佐久市中込-旧中込学校-北中込
     (コースマップ)
距離: 53km
車種: ランドナー(ヒロセ緑号)
同行者: FCYCLE 8名(高地, ats, NUTS, riko, ふじ→, 須藤, τ・κ, 雑木, 以上敬称略)

眼鏡橋から先はR18旧道に合流し、小雪の舞う寒さの中を碓氷峠へと斜度3~4%の緩い坂を登って行きます。カーブに設置された通し番号の標識を数えながら登っていくのですが、毎度の事ながらゴールの番号(正解はC=184)を忘れてしまっているので、当てずっぽうで行ってはガッカリする、というのの連続でした。途中標高800m付近から北向きの日陰斜面を中心に途切れ途切れに現れていた残雪も、次第に続くようになってきました。

アプトの道でのんびりしすぎてしまったため、行程は遅れ気味。途中、新幹線到着時刻を見計らって軽井沢で合流予定のNUTSさんに電話を入れようとしたのですが、意外なことに峠の手前ではドコモの携帯でも電波状態が不安定。ペースを上げて峠まで先行することにしました。碓氷峠には10:40頃到着し、ようやくNUTSさんに連絡が取れて、ひとまず安心です。

碓氷峠は3月末とは思えない雪化粧の峠になっていました。PRO-TREKの温度計は氷点下1℃を指していましたが、幸い登りの軽い負荷で体が温まっていたため、さほど寒さは感じませんでした(冬場の自転車通勤と大して変わらないし)。しばらくしてatsさん到着。峠の記念写真を撮りながら後続を待ちます。

待つこと20分余りで後続部隊も到着。腿の痛みのため眼鏡橋の出発が遅れていた須藤さんも、無事復活を遂げて追いつきました。いる人で直近の予定を相談したところ、軽井沢合流後、早目の昼食がてら作戦会議を開く案が有力。反対票を押し切るために一人で3票分くらい挙手した某Fさんもいましたが、そんな必要も無く全会一致で決定。軽井沢駅に向けて短い坂を下り始めました。

意外と広い「駅前」に若干手間取ったものの、無事にNUTSさんと雑木さんと合流。ようやく参加者全員が一つに揃いました。早速駅前で蕎麦屋数件の中から見繕い、十割蕎麦の大和茶屋軽井沢店に入ります。温かい茸の蕎麦とご飯のセット(正式名称忘れました)を注文しましたが、なかなか美味しく大変満足。ぬくぬくと1時間近くくつろいでしまいました。

大和茶屋軽井沢店
長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢東12-1
0267-42-7005

軽井沢の時点で低温に加えて、霧で視界も100mあるかないか。妙義荒船林道は完全に断念することになり、午後のコースは事前に代案として考えてあった「さんぽさん追分コース」に決定。かつて高地さんがさんぽさんに連れられて走ったことのある、主に中山道を旧道を交えながら西に中軽井沢まで行き、追分~御代田と南下してから佐久へ下っていくルートです。

途中信濃追分の駅に差し掛かったところで、駅舎にはっきりと見覚えがあることに気付きました。その昔、立科への泊まりのツーリングで雨宿りをしていた場所でした。苦労した旅は記憶に良く焼きついています。

信濃追分の先でさらに南方へと分岐。ここからがさんぽさんコースの本番です。高地さんの道案内で1km余り進んだところで左折すると、さらにマニアックな脇道が待っていました。

八ヶ岳の麓にも似たような、緩い斜面に広がるのどかな畑の中の道を下って行きます。晴天なら目の前に広がる山々は一切見えず、本格的な春の訪れの前なので荒涼と広がる地面が強調されていましたが、作物が育った時期を想像すると、いつか再び訪れてみたくなりました。

広戸の集落に入ったところで、小休止。気温は4℃位まで戻していましたが、冷たい風が吹いていたため、皆さん「寒い」を連発。「男は寒さは我慢! 我慢!」と説いて回りましたが、効果は全くありませんでした。ふと気付きましたが、手袋をしていなかった高地さんの右手は真っ赤。勿論顔も同じです。とにかく寒かったのですね。

広戸から長いつづら折れの坂を下った先は、湯川の河岸段丘の断崖の下へと続いていました。

さらに、全てがコンクリートでできた古めかしい橋を渡ります。

橋の先には自動販売機のある商店を発見。その名も「しげまん酒店」。温かい飲み物を補給するために小休止です。しかし、この商店、時代感たっぷりで、一同騒然。看板に書かれた「チキンソース」とか「ニッポンビール」とか、私たちの世代では全く未知の商品名に皆注目。錆付いたオロナミンCの看板も、相当な年代物です。

※「ニッポンビール」はサッポロビールの前身。「チキンソース」は未だに詳細不明ですが、なにやらレトロなブランドのようです。

この小休止をした場所がなかなか時代を感じさせる場所で、道の反対側の建物は既に廃校となっており、今は老人ホームに転用。「御代田町立伍賀小学校」の石碑だけが学校だった面影を残していました。その隣には古めかしい白い塗り壁の建物がありましたが、蔵でしょうか。木造部分は増築なのかもしれませんが、なぜこのような造りになっているのかよく解りませんでした。

レトロなエリアを抜けると佐久の盆地が始まり、ほぼ真っ直ぐな道を佐久方面へと下ります。正面に見えているのは長野種畜牧場。この辺りはなんとなく北海道の雰囲気がありました。天気が良くて暖かければ立ち寄りたいところですが、残念ながら寒くてそれどころではないので、あっさり通過してしまいました。

牧場の先志賀川を渡ったところから、高地さんが絶妙の道案内をしてくれます。畑や集落の中の道をくねくねと。地形図を追いながら付いていくのが精一杯でしたが、面白い道でした。

佐久のりんご畑では、枝が非常に複雑な形状に曲がりくねっており、毎年剪定されている長野盆地のりんご畑の真っ直ぐな枝ぶりとは、非常に対照的でした。

千曲川の支流の滑津川を渡ると中込の街です。ここからは先頭を交代して、私が道案内をします。行き先は旧中込学校。

旧中込学校は、明治8年に建てられた日本最古の洋風建築の学校で、国の重要文化財にも指定されているものです。2月の南伊豆のオフで寄られた方もいる松崎の岩科学校や、雪の松本ポタで見学した開智学校にも通じる旧小学校シリーズで、とても興味深く見学することができました。

第一教室のオルガン。まだまだ弾けます。

蚕の巨大模型。学校設立当時は養蚕が盛んな時期で、この模型を使用して蚕について授業を行ったのでしょう。ショーケースの中なので触れられませんが、体内も見られるようになっているのでしょう。

2階の廊下の突き当たりにあるステンドグラス。どんよりした曇天でも、なぜか黄色のガラス越しに見ると凄く明るい晴天に見えてしまう、ということを初めて知りました。

旧中込学校の見学を終えたところで、これにて本日のサイクリングの予定を全て終了。再び碓氷峠を下っていく雑木さんと須藤さんと別れた後は、最後の締めくくりの温泉です。中込学校の事務室で頂いたアドバイスを頼りに、湯冷めしないように最も駅からの交通の便が良い温泉として見つけたのが、北中込駅から300mのホテルゴールデンセンチュリー・佐久一萬里温泉。中込学校から10分余りの道のりの先にあるこの温泉は、大きなホテルに併設された大浴場で、内湯には檜風呂、サウナ、打たせ湯、外には露天風呂や歩行風呂など、いくつもの湯船があり、随分楽しめました。味がしょっぱいと思ったら、泉質はナトリウム塩化物とのことです。
佐久一萬里温泉
(写真を取り忘れたので、温泉のホームページの写真です)

心も体も暖まったところで北中込駅に移動し、最後の仕事の輪行を終えました。

しかし、「雪解け」に裏切られたこのツーリングには、この後、裏切りに見合う見事なフィナーレが待っていました。

その5へ続く。

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