過去ログ

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それまで大変忙しかった仕事も一瞬の谷間を迎えた今週末は、窓の外も雲の無い暖かな晴天であった。前回の検診で自転車の許可が下りたこともあって、骨折以来3ヶ月ぶりに自転車で外を走ってみた。

昼食を済ませてから、骨折したときと同じヒロセのスポルティフに乗り、まず近所の住宅街を走ってみた。第一印象は、とにかく真っ直ぐ走れない。3ヶ月のブランクのためかバランスが悪すぎる。続いて、住宅街の中から寝川緑道から立川公園を経て多摩川サイクリングロードへ。最後に走った1月と比べると季節が変わっていたので、自転車から眺める多摩川の景色はとても新鮮であった。

自動車の心配の無い多摩川サイクリングロードを下流方向に流すのだが、自転車復活に向けた課題が見えてきた。第一の課題は、腕や肩でも脚でもなく、尻にあった。自転車の無い怠慢な生活を送っていたためか、尻の肉がげっそり落ちてしまって、路面の振動が直に伝わってくるようだ。これでは長距離走るのには辛いだろう。鍛えなおさないといけない。脚の筋力や持久力は当然落ちてはいるが、走れば復活するだろう。肩も体重を支えるのは良いのだが、ハンドルを引くのにはまだまだ力が無い。

まもなく関戸橋が見えてきた。平らな場所だけ走っていてもつまらないので、通称「兎練」コースへと分岐した。とは言いつつも無難ないろは坂を登ってみた(ちなみにここは「耳をすませば」のロケ地だそうです)。とりあえず大丈夫そうであった。それでは飽き足らずに東電学園の脇から百草園まで上がった。百草園から川崎街道に至る坂は兎練の山場の一つでもあり、下ってから登るという意地悪な場所である上に、百草園に向かう通行人が多く、気軽に脚を着いたり押せる場所でも無かった。よって、ここは下るだけに留めた。

そろそろ尻も疲れてきたので、あとは川崎街道を高幡不動まで流し、モノレール沿いに走って自宅まで。20km余り、1時間半のポタリングでした。


4月 5日月曜日: 術後10週間経過

新年度になってから初めての通院である。新年度ということで、病院の雰囲気にも若干変化が見られた。まず朝一番に訪れるレントゲンの受付では、異動になってきたと思われる女性がいつもの叔母様から指導を受けながら慣れない手つきで受付をこなしていた。撮影室の方でも時間がかかっていたのか、自分の順番が廻ってくるまでいつもの倍の30分以上待たされてしまった。いつもなら整形外来予約の9時前には終わるのだが、今回は遅れてしまった。

整形の外来の方にも変化があった。見慣れた看護婦さんが居なくなっており、顔を知っているのはごく限られた人数だけだった。いつの間にか変わっていたというのが寂しいが、そういうものなのだろう。

さて自分の順番が廻ってきて診察室に入ると、手術直後、前回、今回の3枚のレントゲン写真が並べられていた。こうしてみるとはっきりと違いが判った。前回も継ぎ目は埋まりかけていたが、今回の方が影がはっきり濃かった。あと少しの辛抱だ。そしてこの日、西本先生から自転車に乗る許可がおりた(ちなみに、先生は既に乗り始めているものと思っていたようだが、勿論ちゃんと言いつけを守っていました)。が、肩鎖関節プレートを入れたまま万が一落車すると、肩甲骨が逝ってしまう恐れがあるので、プレートが取れるまでは自粛することにした。

最後に2回目の手術についての話が出た。骨が癒合した後は腕の可動域を元に戻すため、肩鎖関節プレートを摘出する手術が必要である。摘出時も全身麻酔で約1週間の入院とのこと。詳細は1ヵ月後5/12の次回検診時に決めることになった。4月中に取れればハッピーだと期待していたのだが、術後3ヶ月がひとつの目安とのことで、手術は5月後半になりそうだ。


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